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【読み物】11月1日は紅茶の日

By 青木松風庵編集部 2016.11.1

販売管理 杉本

 

10月も終わりに近づき、吹く風の寒さに冬が近づいてくるのを感じる時期となりました。冬は暖かい飲み物が恋しくなる季節ということで、今回はお菓子のお供にもピッタリな「紅茶」について紹介したいと思います。

 

突然ですが11月1日が日本紅茶協会の制定した「紅茶の日」だとご存知でしたか?この記念日はかつて1791年に11月1日に船頭の大黒屋光太夫がロシアで日本人として初めて本格的な紅茶を飲んだという逸話が由来となっています。でもなぜ大黒屋光太夫は江戸時代にロシアで紅茶を飲むことになったのでしょうか?

江戸時代、伊予の国の白子港(今の三重県鈴鹿市)から大黒屋光太夫と数名の船員が乗った船が積み荷を江戸に運んでいました。けれどもこの船は嵐にあって遭難してしまい、何度約7か月も漂流し続けた後にロシアのアリューシャン列島にあるアムトチカという小さな島に漂着しました。そこから彼はなんとか日本に帰ろうとしますが当時の日本は鎖国状態、簡単には帰国の許可が得られませんでした。

このため光太夫らはロシアの女帝エカテリーナ2世に直接帰国の許可を嘆願するために、ロシアのヨーロッパ側にある首都サンクトペテルブルクまで総移動距離1万キロメートル以上の道のりを8年もの歳月をかけて移動しました。女帝への謁見がかなった彼らは帰国の許可をもらい、その翌年に無事日本へと帰ることができました。

光太夫が紅茶を飲むことになったのは、この謁見から帰国までの間でした。彼らはロシアで皇太子や貴族などから大変歓迎され、また女帝の文化的事業にも協力するなど当時のロシアの文化や社会に大きな足跡を残しました。こういった経緯から首都を離れる直前の1791年11月1日にエカテリーナ2世のお茶会に光太夫が招かれ、そこで日本人として初めて本格的な欧風紅茶を飲んだといわれています。

現代では日本人が気軽に飲んでいる紅茶ですが、その始まりは彼らの大変な苦労がありました。その後日本国内で紅茶が飲まれるようになったのは1887年(明治20年)のことなので、光太夫はなんとその約100年以上前に紅茶を飲んだことになります。11月1日には当時のそんな紅茶を飲むのも良いかもしれません。

 

そしておいしい紅茶を飲む際に欠かせないのは、やっぱりおいしいお菓子ですよね。特に紅茶の本場イギリスでは紅茶と共にお菓子や軽食を食べるアフタヌーンティーは、上流階級から一般家庭まで広く普及した文化となっています。正式なアフタヌーンティーではサンドイッチ、スコーン、ペストリー(ケーキ)が基本的な食べ物だそうですが、そうは言ってもなにかと忙しい生活の中で手の込んだ準備はなかなかできません。そんな時でも仕事や家事の合間に紅茶とおいしいお菓子でほっと一息つけるリフレッシュタイムがあれば、夜まで頑張るパワーになるかもしれません。

 

紅茶と一緒に食べるお菓子といえばケーキや洋菓子ですが、月化粧もおすすめです!月化粧の餡には北海道産の大手亡と白金時をブレンドした白餡に、バターと練乳がたっぷり入っています。この和と洋の素材を使ったお菓子だからこそ、月化粧は日本茶だけではなく紅茶やコーヒーなどとも相性ピッタリです。

また紅茶にもお菓子にも様々な種類があります。いろいろな紅茶とお菓子を食べ比べて自分だけのベストマッチを探してみるのも午後の一時の楽しみ方かもしれませんね!

青木松風庵編集部

書き手:青木松風庵編集部

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